実家を頼れない二人目(二歳差)出産の大変さ

で、いざ二人目(自然分娩なので時期も読めない)出産時、どうやりくりしたかってことで。

 

先記事でちょいとふれましたが

 

私の実母は二人目の長女を産む50日前にパーキンソンからの誤嚥性肺炎で亡くなりました。

思えば、一人目の長男の妊娠を最初に伝えたとき

「よかったね、おめでとう」と言ってくれたのが母の正気だった時期の最期の言葉だったきがします。長男はなんとか抱っこ(膝のうえにのせる?)できた。

でもそれだけ。

人が出産して子育てするときに、母親を頼れないのは一つの不幸です。

かえってそれが自分をつよくするとか、副産物はありますけど。

高齢出産が進む日本では、私みたいなんが増えていくのでしょう。

旦那も仕事でほぼいないし。

うちの場合は義母とソリが合わなかったし、私も気を使いすぎて具合悪くしてたぐらいで。

義実家自体頼ると考えたこともなかったから、なおさら頼れるのは自分だけ。

 

しかも、世の多くのママさん達と同じく二人目妊娠中はゆっくりなどできなかった。

二人目の妊娠7か月までは普通にパート(料亭の仲居)を周囲にバレずに続け、絶賛イヤイヤ期の2歳の息子を片手で抱っこしながらの家事など当たり前にしてた。

が、母の葬儀が終わって次の妊婦健診の時、

(たまたまその日の担当だった)冷たい産婦人科医に一言

「内診の結果子宮頸管が4㎝ないといけない時期なのに2,5㎝しかないねー。

このままだと早産のおそれあるし、このまま入院してもらうレベルなんだけど、どうするー?」

 

は?

 

「いえ、上の子もいるし、それはできないんですけど…」

 

「じゃあ、ご家族の手を借りるとかして自宅安静してねー。

トイレとかお風呂以外立っちゃだめだよ。いま赤ちゃん出てきちゃったらこの近辺にNICUある病院ないから。運転はもちろんダメ。」

 

まだ生産期まで3週間ある…

まさか自分がと頭が真っ白になった。

頼れる家族がいるなら最初から苦労せんわ。

 

運転しての帰り道(あかんけど)ホッ〇モットで夕食の弁当を頼みながら泣きたいのをぐっとこらえて旦那に電話で伝えた。

うちは幸い(というかこういう時のために)パート先の籍を残していたので長男の保育園だけは続けていたからまだマシかもしれない。

けど送り迎えや家でもまだまだ手がかかる2歳児、皆のごはん

どうすんやと考えたら、つくづく頼る人のいない辛さを痛感した。

 

結局、仕事や町会長やらで超多忙な実父に週1ぐらいで来てもらうのと(日帰り)旦那がほかの社員さんに無理いって何日かは早退するのと(中小だから育休とかあり得ない)私とウマが合わない義母を旦那が呼び出し、これも週一くらい旦那の宿直当番の日とかにきてもらうことになった。(後々これトラブルの元になるんだが)

あとは、宅配スーパーやらデリバリーにも世話になった。

ご近所のママ友が、万が一旦那がいないときなんかあったら、長男預かるよといってくれた言葉に救われた。(実際は頼まなかったけど)

 

長男は2歳半ながらよく頑張ったと思う。

「ママお腹痛い痛い(実際には痛くないが)だから遊べないの。ごめんね。」

といえば、小さいながらに理解してくれて、それまで抱っこ魔だったのがうそのように聞き分けて、一人遊びしてくれた。

 

安静ほど大変なことはないよね。

それまで病院の世話になったことがない人間にとって。

 

義母はいい人なんだが、自分が一番正しいと信じてる人で。

私が仕事を続けること自体や、子供の育て方、かたくなに義実家で産まない私を否定してきて、話を続けることが辛い。息子が実家に住まないで、根付いたよその土地で家を買った時も苦々しい顔してた。

 

それでいて、

「実の母親だと思ってなんでも言って」

などといわれると…

いや、言えねーから。思ったこと言ってたら関係修復できなくなりますって。

 

…なんか、わかりますかねー。いますよね、デリカシーのない人って。

悪気ないから余計たちが悪い。

お嬢様なんですかね。

この後義母が放った”私の恩師やライフワーク(染色業)を否定する一言”で私がマジ切れし、イイ嫁終了。

疎遠になりました。

 

産婦は子供を守る本能から、攻撃的になってますしね。

一般的に、分娩室への義親の入室を断る産院もあるように、

ただでさえ命がけの出産に本当に安心できる身内以外が同席すると最悪の事態も起こりえます。陣痛が止まって母子の命が危険になる人もいます。

よほど良い関係性で、もらしたウンチを義母にふいてもらっても平気って人じゃなきゃ

(汚い話ですいませんが)本当の身内以外お産に呼ぶのはやめましょう。

 

話戻しますよ。

 

お腹の赤ちゃんって、「いついつに生まれてきてね」っていうの、ちゃんと聞いてると思います。半信半疑でしたけど、私もいつも言い聞かせてました。

「パパがいるときに産まれてくるんだよ」って。

実際には、安静生活も解けた出産予定日の5日前の実父の来てくれた日の夜7時「もう出てきていいよ」と話しかけて間もなく陣痛が始まり、長男の夕食とお風呂、寝かせつけを終えた頃いよいよ波が強くなってきて、旦那がようやく10時ごろ帰宅。

こりゃ前駆陣痛ではないな(私は前駆陣痛が強いタイプらしく二人とも相当騙されました。)と気づいたときには破水。爆睡の長男をじいじに託し、バスタオルをオマタに挟んで(変なかっこ)旦那の運転する車で産院について1時間半後にはオギャーでした。

一人目が3日かかりの出産だったので想定外の速さで、後で助産師さんに怒られちまった。でもおかげで、一人で上の子抱えて出産できるように予約しといたタクシーも、子連れ入院できる病室も使わずに済んだ。(2歳半の長男は見舞い後、案外クールにじいじと帰宅してった。)

お産の重さって、体質だけでもないのね。

長男は慎重な性格だし、二番目の長女は度胸がすわってる。

子供の性格もあるのかもしれない。

 

ファミサポにも登録してたし、前述したお産タクシーや、子連れでの入院が出来る産婦人科医院(分娩中だけが問題だなー)いるならママ友、頼れるなら旦那

 

親御さんを頼ることができない妊産婦のみなさん。

よーく探して、頼れる手はなんとか見つかります。

だから不安を一つずつ洗い出して、一つずつ解決して、

心安らかに お産の日を迎えてください。

なんとかなります。

産んだらセロトニンが分泌されて、日々愛情が募り、お母さんになっていけます。

 

案ずるより産むが易し とは昔の人もよく言ったもので、産後は私も一切助けなしで退院した日から正月料理つくってました(ちょうどおおみそかだった)。

新生児連れて保育園の送り迎えしてるママさんも私以外によく見かけます。

大事に出来るのは一人目だけです。

よく芸能人とか早くに外出させて批判されてるかたもいますけど、実際は理想なんて無理。

子供を育てるのは戦いです。

ママさんは猛者どもばかりだ。(失礼)

 

乳腺炎のおっぱいが痛くて痛くてどこの母乳マッサージも正月休みで。

最初の一週間は泣きながら授乳してお産よりきつかったのがいまとなっては懐かしいです。

 

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ついに宇多田が

ついに宇多田ヒカルが表舞台に帰ってきましたね!

 

5年ぶりに 

 

母を亡くして 自身も母になって

どんな女性になってるんだろう 

 

ざわついてます、日本中が。

 

人に厳しい2ちゃん民にすら

「結婚してくれBBA」といわしめる

 

大人数グループばかりがひしめく日本の音楽シーンに

たった一人の歌の力を痛感させてくれる 稀有な人。

 

見ましたよ。MUSIC STATION の『桜流し

泣ける…

そしてこれを書きながらNHKのSONGS見てます。

最後の母への思いを語り、歌った「道」

 

なんやこのひと…

本当に天才だ…

だいたい『とと姉ちゃん』OP歌いだしの大切な亡き人に向けた

「普段から 化粧しない君が 薄化粧した 朝」てところで号泣必至なのに

「道」は3年前に自ら命を絶ったお母さんへの思いに答えを出せた歌だっていってました。子の記憶のないほど幼い時期でも親といた日々はあった事実に、人の親になって初めて気づいたって。

 

  一人で歩いたつもりの道でも

  はじまりはあなただった

  It's a lonely  road

       But I'm not alone 

 

ここに全てがつまってますよね。

 

  この身はあなたとともにある

  一人で歩まねばならぬ道でも

  あなたの声がきこえる

 

  

  

  

私も娘を産む50日前に母を亡くしました。

逝去直後はこわいくらい普通でした。

一回旦那の前で大泣きしただけ。

0歳女の子と3歳男の子を育てるので必死でしたね。

悲しんでる暇がない時期に逝ったのが母の最期の愛情かもなんて思ったり。

 

2年前にパーキンソンを発症して(実際はもっと前だったと思うが)急速に進行して

最後は認知症とかいろんな病気を併発してたと思うけど

一人目の子供を妊娠したことを告げた時の

「よかったね。おめでとう。」

と言ってくれた言葉が、正気の母の最後の言葉だったような気がする。

「産むときはこっち(実家)に帰ってくるんでしょ?」と。

結局その後まもなく母が要介護になり、実家や義実家に頼らない自力での出産を選びましたけどね。

それでも一人目はなんとかなった。最悪旦那不在でもお産タクシーよべばなんとか一人で産めるし。大変だったのは二人目出産のとき。二歳差だったし。

義母に心無いことをいわれ寝込んだりして大変だった…

ま、それはまた別記事で書きます。

話がそれました。

 

宇多田ヒカルですよ。

普遍的ですよね。歌詞も世界観も。

紀里谷氏と離婚した後語ってた価値観の相違も彼女が万人と同じ普遍性を望んだからですよね。

 

そんなこんなで

やっぱり泣きながらこの記事を書いているのです。

 

 

 

平凡なアナログ30代主婦 ブログ始める

はじめまして

30代(後半)幼い二児の母 よんぼです。

全然機械(?)にうといんですが

 

☆親の助けをほぼ期待できない高齢出産の二児育児のクソ大変さ

☆ものをつくる(DIY含む)のが好きすぎる

☆単純に考えていることを吐き出したい

 

なんかを文章にしたいって理由でブログを始めてみることにしました。

 

 

初心者だが、アメブロなどはやったことがある。

が!!!

ツイッターもだし

続かないんすよ。

なにがダメって知り合いに見られてることで、全っっっく書きたいこと、本音では書けない。聞こえの良い、リア中なことばかり書いてられっか。

つまんなくて、何のためにこれやってんのと思い、文字通り3日でやめましたね。

 

だからこのブログは知り合いには見せないつもりで書きます(笑